バイブルメッセージ Bible Message

キリストを見せた人伊藤 誠兄

2018年 4月 18日

誠兄を覚えつつ

 

3年半前の2014年の夏、すい臓がんの宣告を受け、ご本人が教会の祈祷会で報告されたとき、教会中に大きな衝撃が走りました。当初、手術不可能と思われていましたが、千葉大学病院ですい臓がんの専門医との出会いを通して、10時間を超える手術を受けることになりました。

 

そのとき妻の純子姉は、手術中必ず誰かが途切れることなく祈り続けるための、祈りのチェーン(輪)を募集され、その表はすぐに埋め尽くされ、皆で祈りました。誠兄の大手術は無事に成功し、肉眼で確認できるガンはすべて取り除かれました。順調に回復され、教会の礼拝、職場にも復帰され、わたしたちは、誠兄の完全な癒しを信じて更に祈り続けました。

 

そんな中、わたしは今でも忘れませんが、昨年の新年祈祷会で誠兄が証しに立たれ、こう言われました。「新しい年のわたしの祈りは、僕のガンが完全に癒され、教会の祈りのリストから自分の名前がなくなり、神様の栄光が現されることです。」

 

しかし、それから半年後ぐらいでしょうか、転移の疑いがあり、強い抗がん剤を使用するようになり、昨年末には、抗がん剤治療もできない状態になりました。

 

今年1月より、自宅で妻の純子姉が24時間体制で支え、厳しい状況の中、主イエス様の癒しを信じ3月16日午前10時33分に、54歳という若さで、天の御国へと旅立って行かれました。人間的な思いでは無念でなりませんが、このことを通して誠兄は、「キリストを見せた人」と言えるでしょう。

 

「そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。」(フィリピ1・20)

 

パウロは、イエス・キリストの愛、神の愛を一人でも多くの人に伝える中、私利私欲に燃え上がっている人々から迫害され牢に入れられ、その身に沢山の弱さを身に帯びていました。

 

誠兄は、誰かに迫害されたのではありませんが、すい臓がんという病を身に負い、最後まで揺るぎないイエス・キリストへの信仰の生涯を歩まれました。その誠兄の姿を通して、イエス・キリストが公然とあがめられ、キリストを見ることができたのです。

 

病いを担う姿

 

病の中にある誠兄の姿はまさに苦難の僕キリストを見る思いでした。「彼が担ったのはわたしたちの病 彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに わたしたちは思っていた 神の手にかかり、打たれたから 彼は苦しんでいるのだ、と。彼が刺し貫かれたのはわたしたちの背きのためであり彼が打ち砕かれたのは わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって わたしたちに平和が与えられ 彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。」(イザヤ53・4~5)

 

誠兄は、訪問者を拒むことはありませんでした。どんどん体が痩せ細り、腹水が溜まり、やはり現実の目に映る誠兄の姿は痛々しかったとしても、その姿のままで一緒に賛美し祈る姿は、わたしたちのためにすべての病を負ってくださったイエス様を見る思いでした。

 

他者のために祈る姿の中に

 

そして、苦しみ、痛みの中でも、他者のために祈り続けることを通して、キリストを見せてくれる人でした。

 

誠兄と純子姉は病を通して、平田節子さんという同じすい臓がんの方と出会われました。誠兄は手術後、抗がん剤の治療の副作用に耐えながら、どんなに体調が悪くても、自分よりもっと大きな苦しみの中にある平田節子さんを訪問し続けておられました。娘の園さんによると、お母さんは誠兄の訪問と祈りを感謝し、支えられていたとのことでした。

 

人を思いやる姿の中

 

誠兄は、弱さを身に帯びる中でも人を思いやり、弱さを覚えている人のために祈り続けました。そのことを通して誠兄は、キリストを私たちに見せてくれました。

 

今年2月に入り、誠兄を思う教会員を始め、多くの人達が誠兄を訪問しました。誠兄は、誰が来るかを確認すると、純子姉に、あのお菓子を買ってきてとか、あるときには、訪問者にお寿司を振舞ったり、自分は全く食べることができないのに、訪問した方にできる限りの心配りをし、できる限りのものを与えようとしました。お寿司をとったのは、誠兄の前で食事をするのに気が引けて、台所でさっと食事を済ませていた純子姉が、訪問者と心置きなく食べられるようにとの愛の配慮でもあったでしょう。

 

死を恐れない姿の中に

 

誠兄は、死を恐れることはありませんでしたが、このように祈り続けていたと思います。「神様、僕にはまだ、浅草橋教会でも職場でもやることがあります。自分のためではなく、教会のために、会社を通して、社会にもっと貢献するために、そして、勿論、愛する妻純子のために、これからもっと地上で生かしてほしい。だから癒してください。でも、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるように」これが誠兄の願いでした。

 

誠兄の地上での聞き取ることができた最後の言葉は、「天の父なる神様」でしたが、その後も何かを言おうとして、はっきりと分からなかったと純子姉や愛子姉が言っておられました。誠兄は、きっと、「ありがとう、感謝」と言いたかったのだろうとわたしは思いました。

 

自分のために全身全霊を尽くして支え続けた妻の純子姉や姉の愛子姉、そして教会の一人一人、何よりも主イエス様に感謝と言いたかったのだと思います。誠兄は、地上での生涯を終えられました。けれども、この地上での死は、終わりではありません。

 

主イエス様は、「わたしは 復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる」と言われました。主イエス・キリストは、人の罪、痛み、汚れ、病、あらゆる苦しみを背負い、十字架で御自身の命をささげ、その死と共にそれらすべてを葬りさってくださいました。しかし、三日目に死者の中から復活され、今は、天の王座におられます。

 

この主イエス様の救いを信じる者には、神の霊、聖霊様という助け主を送ってくださり、このお方と共に歩む者としてくださり、この地上での生涯を終えるなら、主イエス様は、十字架で釘付けにされたその傷跡が残っておられる手で、暖かく迎え入れてくださるのです。

 

誠兄は、生涯を通して、イエス・キリストの愛と慰めをわたしたちに見せてくれました。わたしたちも、誠兄の信仰の生涯に倣って、キリストの愛を見せることができる者とならせていただきましょう。

ウェスレアン・ホーリネス教団 浅草橋教会(牧師・山崎 忍)

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