バイブルメッセージ Bible Message

主に結ばれて死ぬ人は幸いである

2018年 10月 1日

~召天者をえつつ~

 

また、わたしは天からこう告げる声を聞いた。「書き記せ。『今から後、主に結ばれて死ぬ人は幸いである』と。」(ヨハネ黙示録14・13)

 

いかなる理由があろうと「幸い」と「死」を結びつけることは容易ではありません。たとえ重い病の中にあったとしても、この地上で生かされていれば、少しの会話、笑顔、肌のぬくもりを感じ、幸いを感じることができるからです。

 

しかし、これは地上に残されているわたしたちの視点です。神様は、この地上での死は終わりでないという視点から語っておられるのです。だから「主に結ばれて死ぬ人は幸いである」と語られるのです。

 

「主に結ばれて」とは、主イエス・キリストに結ばれてということです。この地上で、主と共に歩み、その生涯を全うした人は幸いである。なぜならば、これまで一緒に歩んでくださった主イエス様は、その人が死んだ後も一緒に歩んでくださるからです。

 

主イエス様は、神の御子であられますが、この地上に人として生まれてくださり、わたしたち人間に永遠の滅びをもたらす罪の犠牲となって十字架で死んで葬られ、三日目に死者の中から復活された方です。死を通られ、死に勝利された方です。だから死んで復活された主イエス様に結ばれて死んだ人は、死んでも生きるのです。だから幸いなのです。

 

L.シープが賛美された「父の涙」は岩渕まことさんの作詞作曲です。岩渕さんは、娘さんを亡くすという深い悲しみを経験されました。天の父なる神様が、わたしたち人間を救い出すために、大切な独り子なるイエス様を犠牲となさった痛みと悲しみに涙されたのと、岩渕さんの娘の死への涙を重ね合わせつつ、天の父の涙はイエス様の愛となって今もわたしたちに溢れ流れている、と主を賛美されたのです。

 

もしも主イエス様が復活されなかったならば、キリストを信じて結ばれた者には何の希望もありません。けれども、主は死を打ち破り復活されました。よみがえられた主と結ばれているならば、この世で死を迎えても、主と共に生き続けるのです。

 

ですから、主に結ばれて死んだ人は幸いなのです。

ウェスレアン・ホーリネス教団 浅草橋教会(牧師・山崎 忍)

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