バイブルメッセージ Bible Message

命を与える福音(コロサイ1・3~8)

2016年 8月 1日

コロサイの教会は、パウロが手紙を書き送った教会の中では一番小さな群れでした。しかし、どんなに小さく、人の目には取るに足りないと思われても、彼等の信仰と愛は、ローマの獄中にあったパウロの元にも届いていました。

その一方で、主イエス・キリストの福音を歪める教えを持ち込む人たちが、コロサイの教会に入り込んでいるという報告もパウロの元に届きました。その教えは、人々から再び命を奪い取り、滅びへと向かわせようとするものでした。それで、パウロは、コロサイの信徒たちをこの間違った教えでなく、彼らが最初に聞いた正しい福音にしっかり立つことができるようにと手紙を書き送ったのです。ですから、パウロは手紙の冒頭の1章3節~8節の中でも、「福音」「この福音」と連呼しているのです。

それでは「この福音」とは如何なるものでしょうか。それは、命を与える福音です。永遠の命へと導く福音です。パウロは、この短い節の中でもこの福音について主に三つのことを述べています。

 

主イエスへの健全な信仰に立った福音

 

1章4節に「キリスト・イエスにおいて持っている信仰」とあるように、命を与える福音は、主イエス様への信仰に立った福音です。その信仰とは、主イエス様が真の神の内にある大切な独り子であられますが、真の人となって救い主としてこの世に来られたことを信じる信仰です。そして、イエス様は、十字架で、全人類の罪を贖われた唯一の仲保者であるということです。この方によってのみ、罪の中にある人間は、聖なる神との交わりを回復することができるという信仰です。人間の世界に入り込んだ罪は、聖なる神と人間との交わり、関係を破壊してしまいました。命の源である神との断絶は、霊的な死を人間にもたらしました。しかし、主イエス様を信じる信仰によって、命の源である神と和解することができ、再び命が通い始めました。「この福音」は、キリストによって、聖なる神との関係を回復させ、命を与えました。

更に、4節後半に「すべての聖なる者たちに対して抱いている愛について、聞いたからです。」とあるように、命を与える福音は、神の愛を信じる者の心に注ぎます。十字架で罪の贖いを成し遂げられた主イエス様は、死者の中から復活され、天に戻られ、信じる者に聖霊を注がれます。この聖霊によって神の愛が注がれ、聖徒たちは互いに愛し合う者とされます。

 

真理の言葉としての福音

 

そして、命を与える福音は、5節に「それは、あなたがたのものであり、あなたがたは既にこの希望を、福音という真理の言葉を通して聞きました。」とあるように真理の言葉です。福音が真理でなければ、命を与えることはできません。ところが福音の真理を曲げようとする間違った教えを吹聴する人たちは、こう主張したのです。聖なる神が、汚れた肉の姿を取ってこの世に来られるわけがない。主イエス・キリストは、真の神でありながら、真の人となってこの世に来られたことを否定したのです。

また、ある人は、キリストだけでは不十分とキリストを別のもので補おうとしたのです。福音が真理の言葉であるとは、わたしたちの救いにとってキリストがすべてであるということです。ですから、パウロは、コロサイ3章11節の後半で「キリストは、すべてであり、すべてのもののうちにおられるのです。」と述べているのです。主イエス・キリストは「わたしは、道であり、真理であり、命である」と言われましたが、もし、キリストがすべてでなければ、真理がなく、命が通わず、道を迷わすことになるのです。

 

実を結んで成長する福音

 

そして、命を与えるこの福音は、「あなたがたにまで伝えられたこの福音は、世界中至るところでそうであるように、あなたがたのところでも、神の恵みを聞いて真(しん)に悟った日から、実を結んで成長しています。」(6)とあるようにその人を信仰によって成長させ、その人の内に宿る愛は伝達されていくのです。

実のところパウロは、一度もこの教会に行ったことがありません。というよりも、7節に「あなたがたは、この福音を、わたしたちと共に仕えている仲間、愛するエパフラスから学びました。」とあるようにコロサイの人に福音を告げ知らせたのは、エパフラスという人でした。彼はおそらくエフェソにいたとき、パウロからイエス・キリストの福音を聞き、イエス様を信じる信仰に導かれたのでしょう。

エパフラスが福音を聞いたとき、それを自分のところに留めておくことはできませんでした。私を生き返らせてくれた福音、この福音をエパフラスは故郷コロサイに持ち帰り、分かち合いました。そして、救われる人が起こされました。実が結ばれていきました。キリストに忠実に仕えているエパフラスを通して、この福音、命を与える福音は、実を結んで成長していきました。

わたしたちに福音を届けてくださったエパフラスのような人が、この浅草橋教会にも沢山います。既に召された方も少なくありませんが、現代もエパフラスを通して、命を与える健全な福音が届けられ、健全な信仰と愛がわたしたちの内には宿っているのです。そして、この福音はその人の内に留まることなく、他の人へと伝達されていき、多くの実を結んでいくのです。

先週持たれたCS夏期学校では、この教会に生まれたときから通い、教会学校で育てられ、今年正式に教会学校の教師になられた酒井二樹兄が子どもたちの前で、しっかりと自分が受けた福音を語っている姿を見ました。命を与える福音は、授かったものの内に留まることはできません。二樹兄が受け取った命を与える福音が子どもたちに伝達させている。そして、これから更に多くの実を結んで成長していくことでしょう。更に伝えられることによって、伝えたその人の内にも更に多くの実を結ばせるのです。

ウェスレアン・ホーリネス教団 浅草橋教会(牧師・山崎 忍)

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