バイブルメッセージ Bible Message

御翼の陰に身を寄せて(詩編36編8節)

2017年 2月 5日

新しい年、現実の世界に目を向けるならば、わたしたちが住む地域社会、日本、世界で何が起こるか分かりません。しかし、どのような現実とわたしたちが向き合うことになっても、決して尽きることも絶えることもないのが、主の慈しみです。

 

慈しみはいかに貴いことか

 

慈しみ、ヘブライ語のヘセドの意味は、契約に基づく愛です。ビジネスの世界では、双方の利害関係がうまくいかなくなると一方が契約を破棄することもあります。スポーツの世界もシビアで、成績が振るわないと突然戦力外通告を受け、契約が破棄されます。しかし、神が人と結ばれた契約を、神の側から一方的に無効にすることは決してありません。

 

詩編36編は、ダビデの詩編です。ダビデは、まだ少年だったときに、将来のイスラエルの王として神が選んだ器でした。けれども、王になる前、サウル王に忠実に仕えていたにも関わらず嫉妬されて、命を狙われ殺されそうになりました。しかし、神はダビデがどんな危険に瀕しても守りました。

 

そして、遂にダビデはイスラエルの王となるのですが、その後に大きな罪を犯してしまうのです。しかし、このとき、罪を深く悔い改めるダビデの砕かれた心を見られた神は、罪を赦し、清めてくださいました。

 

ですからダビデは、神様の慈しみが如何に貴いかを誰よりもよく分かっていました。神の慈しみなくして、どうすることもできない存在であることを知っていました。だから、「神よ、慈しみはいかに貴いことか」(8節)と告白しているのです。わたしたちが、危機的な状況にあっても、また不忠実なときでも、神の慈しみが尽きることはないのです。

 

あなたの翼の陰に人の子らは身を寄せ

 

そのような慈しみに富んだ神であるからこそ安心して、「あなたの翼の陰に人の子らは身を寄せ」とダビデは告白しているのです。「身を寄せる」とは全面的な信頼を意味します。そして、それは寄りかかる、もたれかかるということです。私たちに襲ってくる苦難、試練がどれほど過酷で、身も心もボロボロになりそうでも、あるいは、間違った歩みの故に、罪に汚れていても、もう一度、慈しみに満ちた神に立ち帰るならば、その御翼の陰に身を寄せ、癒しと回復を経験することができるのです。

この御翼は、十字架でわたしたちの罪、汚れ、病、傷のすべてを担ってくださった主イエス様を指し示しているとも言えるでしょう。そして、御翼の陰とは、キリストの体なる教会です。新しい一年、ここにわたしたちが身を寄せると共に、更に多くの人の子らが身を寄せる共同体として、主にあって共に支え合って参りましょう。

ウェスレアン・ホーリネス教団 浅草橋教会(牧師・山崎 忍)

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