バイブルメッセージ Bible Message

主の目に幸いな者(詩編84編)

2020年 7月 24日

幸いな者:あなたの家に住み、絶えず賛美する者

 

「幸いな者、あなたの家に住む人は。彼らは絶えずあなたを賛美します。」(5)

 

主の目に幸いな者とは、神の家に住み、絶えず神を賛美している人です。「私の魂は主の庭に思い焦がれ、絶え入りそうです。」(3)とあるのは、このとき詩編の記者は、エルサレムにある神殿、神の住まいに身を置くことができなかったからです。「あなたの祭壇の傍らに小鳥さえも住みかを見つけ つばめも巣をかけて、雛を育てています。」(4)自分にも鳥のように羽があれば、主の住みかまで飛んで行けるのにと、鳥をうらやんでいるのです。しかしそんな思いを打ち明けながらも、「生ける神に向かって、身も心も喜び歌います。」(3)と告白し、どこにいても絶えず主を賛美する心を持っており、物理的にはかなわなくても、霊的には主の家に住まわっているのです。

 

4月、5月、緊急事態宣言期間、教会に集まることを自粛し、5月31日のペンテコステの日、再び集まっての礼拝を再開したとき、愛する兄姉が、どれほどその日を待っておられ、この会堂で礼拝をささげることを恋焦がれていたかが伝わり、私の心は喜び踊りました。

 

今再び東京で感染が拡大していますが、正直もう集まれないあのときには戻りたくありません。けれども、たとえそれがかなわないような事態が再び起こったとしても、私たちは、聖霊様の助けによって、主の目に幸いな者として、霊的にはいつも主の家に住まわって身も心も賛美の歌を歌い続ける者であり続けましょう。

 

幸いな者:主の力とし、心の中に大路を敷く人(6)

 

自分の力に頼り続け、自分の道を進み続けるならば、人はいつか倒れます。しかし、神様の力を力とする者は、倒れそうになっても、倒れても、立ち上がって進み続けることができます。なぜならば、その心に大路が敷かれているからです、大路とは、英語の聖書ではHighway to Zionとなっています

 

Highwayとは、日本語で言えば高速道路。シオンとは神の都。ですから神への道、神様に速やかに直結する道が心の中に敷かれている人は幸いな者だと言っているのです。

 

それでは、この大路とは何でしょうか。それは、「私は道であり、真理であり、命である。」と言われた主イエスです。主の目に幸いな者とは、その心に、主イエスという天国への、永遠の命に通じる真理の道が敷かれている人のことです。

 

しかし、その道がいつも順風満帆であるということではありません。嘆きの谷を通ることもあるのです。(7)明日どうなるか、私たちには分かりません。しかし、主イエスという道が心に敷かれているならば、私たちに先が見えなくても、聖なる全き道を歩み続けることができます。更に私たちの心に宿られる聖霊様を通して、私たちの心は、決して枯渇しない泉に変えられるのです。

 

幸いな者:主を信頼する人

 

「万軍の主よ。幸いな者、あなたに信頼する人は。」(13)

 

自分を頼りにする人は、自分に頼れなくなると、他の人に頼ったり、物に頼ったりします。もちろん、私たちは、お互い支え合って生きています。神様は、私たちが互いに支え合って生きる者として造られました。ですから、誰かに相談することもあり、良き助言を得て立ち直ることもあります。頼るというのは、寄りかかるという意味です。人を頼り、その人に寄りかかっても支えられることもあります。しかし誰かに寄りかかり続けるならば、その人はいつか倒れてしまいます。しかし主イエスは、私たちがどんなに寄りかかっても倒れることのない堅固な岩です。その主イエスにどこまでも信頼して歩む人は、主の目に幸いな者です。

 

主の目に幸いな者とは、主の庭に留まり、絶えず主を賛美し、主の力を力とし、主を信頼し続ける人です。その人は、日々主の似姿に変えられ、主イエスの永遠の愛と救いを証しし続けるのです。

ウェスレアン・ホーリネス教団 浅草橋教会(牧師・山崎 忍)

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