No.0192
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「主が輝き出で」
       
クリスマスおめでとうございます。 二千年前の最初のクリスマスの夜、ユダの野原で野宿しながら、夜通し羊の群れの番をしていた羊飼いたちのところに天使たちの賛美が響き渡りました。

「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」と。
主イエスが人となって、私たちと同じ人間としてこの世に降り、私たちのうちに宿ってくださった。そのイエスさまのお陰で、天の国と地上の教会は固く固く結ばれたのであります。それがこの「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」との賛美の伝えるところです。

天使たちが賛美している、「いと高きところ」の「栄光」は今日も少しも変りません。しかし残念なことに、「地には平和、御心に適う人にあれ」という歌声は、今日の私たちには、当てはまりません。国は国に敵対し、民族同士が歪み合い、人と人とも憎しみあっています。悲しいかな、とても「地には平和」とは言えません。それは私たちが、「御心に適う人」でないからです。「御心に適う」ことよりも、自分の思いや願いを実現することに汲々しているからです。

しかし驚くべきことに天使たちは、天の大軍と共に賛美するのです。「地には平和、御心に適う人にあれ」と。なぜでしょうか。それはクリスマスが、「御心に適う人」ではない、とてもそんな人間ではない、およそそうしたこととは遥かに掛け離れている卑しい、卑しい罪人である私たちを、神があえて「御心に適う人」と認め、自分本位の罪から救い出すために、最愛の独り子、他ならぬイエスさまを、「御心に適わない者たち」のところにお遣わしくださったクリスマスが起こったからです。

これこそが、「主が輝き出で」と呼ぶに相応しいメッセージではないでしょうか。イザヤ書60章に記されている時代も今日と同じように、「闇は地を覆い/暗黒が国々を包んでいる」という社会情勢でした。イスラエルの民はバビロン捕囚から解放されて祖国イスラエルに帰還したものの、エルサレムの復興はままならず、経済的、社会的、宗教的などさまざまな困難や苦しみが幾重にも覆いかぶさっていました。恐れと不安が満ちていたのです。

しかし預言者たちは、そうした時代の苦悩のただ中にあっても、「起きよ、光を放て。あなたを照らす光は昇り/主の栄光はあなたの上に輝く」と希望のメッセージを告げ知らせ、「あなたの上には主が輝き出で/主の栄光があなたの上に現れる」と確信をもって民を激励したのでした。

迎えましたこのクリスマス、私たちは「闇は地を覆い/暗黒が国々を包んでいる」という現実をしっかり見据えながらも、そこから信仰の目をもって、私たちの上に主御自身が「輝き出で」てくださっていることを信じましょう。

そしてそこにこそ御子の御降誕が預言の成就としてもたらされ、御子の十字架と復活の大いなる贖いの御業を通して、御子のうちに神の真実が明らかにされていることを信じて進みましょう。

ウェスレアン・ホーリネス教団 浅草橋教会(牧師・黒木 安信)