バイブルメッセージ Bible Message

キリストと共に支配するようになる(Ⅱテモテ2章1―13節)

2017年 7月 9日

「耐え忍ぶならば、キリストと共に支配するようになる。」(Ⅱテモテ2・12)

 

神の恵みによって強くなりなさい

 

「この福音のためにわたしは苦しみを受け、ついに犯罪人のように鎖につながれています。」(2・9)「わたし自身は、既にいけにえとして献げられています。世を去る時が近づきました。」(4・6)パウロは、当時の巨大な帝国、ローマ帝国によって、暗い獄舎に閉じ込められ、やがて処刑されようとしていました。

 

そんなパウロは若いテモテに「そこで、わたしの子よ、あなたはキリスト・イエスにおける恵みによって強くなりなさい。」(2・1)と語りかけました。

 

パウロはこれまで、イエス・キリストの福音宣教者として、幾多の苦難を通り、弱さを身に帯びていました。しかし、その弱さの中で、イエス・キリストの恵みが十分に働き、弱い時にこそ強められ、導かれてきました。そして、今パウロは、「この福音のために……苦しみを受け、ついに犯罪人のように鎖につながれ」、(2・9)「……既にいけにえとして献げられ……世を去る時が近づ」いています。(4・6)

 

そんな中、テモテに向かって、どんな苦難がこれからあなたに待ち受けていても、「キリスト・イエスの恵みによって強く」なることができると励ましているのです。

 

忠実な人にゆだねなさい

 

次にパウロは、「そして、多くの証人の面前でわたしから聞いたことを、ほかの人びとにも教えることのできる忠実な人たちにゆだねなさい。」(2・2)と述べています。

 

パウロは、テモテよ、あなたが一人でそれを担うのではない。あなたの周りにいる忠実な人たちに福音宣教の働きをどんどんゆだねていきなさいと勧めています。

 

パウロは、聖霊の助けによって先を見ていました。そして、こう考えていました。自分は今、福音の故に犯罪人のように鎖につながられている。けれども、神の言葉はつながれていない。キリスト・イエスにおける恵みによって強くされた者たちによって、神の言葉は力強く、宣べ伝えられていくと。

 

キリストと共に支配するようになる

 

パウロは、更に「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きるようになる。耐え忍ぶなら、キリストと共に支配するようになる。」(2・11―12)と述べています。

 

この「わたしたち」とは、パウロ自身、テモテ、そして、テモテが福音をゆだねていく忠実な人たち、そして、パウロがまだ会ったこともないが、福音というバトンを受け取っていく人たちすべてを含んでいます。

 

キリシタン大名として有名な高山右近は、「戦乱に明け暮れた下剋上の時代、誰もが上へ上へとのぼりつめようとする時代の中で、一枚一枚と重い鎧を脱いでいった人」で(高山右近~その信仰と生涯)高槻城主として、与えられた領土内の民に仕えました。名もない、身内もいない貧しい農民が召されたとき、高山右近は、自ら葬儀委員長となりその棺を担いだのです。当時、大名がそのようなことをすることは考えられないことでしたが、その姿を通して、家来たちも皆、領民に仕えたのです。右近は、へりくだって領民に仕えて、キリストの愛による国造りに励みました。

 

その後、織田信長が本能寺の変で倒れ、その後天下を取った豊臣秀吉のバテレン追放令によって、右近は、秀吉からこうせまられるのです。「私を取るか。それとも、デウスを取るか」つまり、信仰を捨て、自分に従うように秀吉は迫るのです。このとき、右近は、信仰を守ることと引き換えに、大名として持っていたすべての地位と財産を捨てることを選びます。

 

追放された右近は、金沢の前田利家預かりになりますが、そこでも右近を通して、そこに教会が建てられ、120人の武士たちを始め多くの人が洗礼を受けました。

 

右近は、「信仰の炎」と呼ばれていました。なぜならば、彼の信仰は、近づく者に直ぐに飛び火したからです。

 

彼は、大名時代、大阪の高槻で、そして、国替えによって兵庫の明石の城主にもなり、バテレン追放令が出されるまでは、そこで秀吉に仕えていましたが、その間、高槻では、約2万人、明石でも約3万人の領民が信仰を持ちました。国替え、追放を通して、彼が移り住むところで教会が誕生し人びとが救われていきました。

 

彼は、大名という高い地位を捨て、降りて行った人でした。そして、持っているものをはぎ取られていきました。けれども、彼が行く先々で人びとが救われていきました。彼は、キリスト・イエスにおける恵みによって強くされ、多くの人びとの心に神の国を築き上げていきました。神の国とは、神の支配という意味です。「耐え忍ぶなら、キリストと共に支配するようになる」(2・12)

 

国家権力は、右近を追放し弾圧しましたが、信仰の炎と言われた右近を通して、人びとの心に神の国が建てられていき、神の支配がなされたのです。

 

高山右近は、何が神の御心かと選択に迫られたとき、自分が大きくされる道を拒み、自分が小さくされる道を選びました。つまり、降りていく人、下っていく人でした。

 

神であられる主イエス・キリストがこの世に降りてこられ、僕の身分となられ、わたしたちに救いの道を開かれたように、高山右近が降れば降るほど、主イエス・キリストの恵みの力が働き、多くの人びとが救いへと導かれました。

 

神の恵みによって強くされた人とは、喜んで下っていく人です。そして、現代の日本においても、キリストの体なる教会に求められていることは、降りていくことです。わたしたちが、パウロ、テモテ、高山右近がそうであったように、低いところに降りていき、苦悩している人に仕えていくときに、わたしたちは、キリストと共に、支配するようになるのです。

ウェスレアン・ホーリネス教団 浅草橋教会(牧師・山崎 忍)

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